お客様は神様です、は本当か?

「お客様は神様です」…私はこの言葉が嫌いです。日本の社会や会社では「お客様だから(こちらの犠牲はしかたがない)」という言葉が幅を効かせ、ブラックな職場環境を大量に作り出しています。

本来、取引は対等な行いです。しかし日本では「買い手」が異常なまでに強い力を持っています。取引とは一方がお金を払い、もう一方が商品を提供する行いです。それは対等な交換なので立場も対等なはずです。

しかし多くの取引現場では、買い手が圧倒的に強いのが現状です。

 

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現金はなぜ価値が高いのか?

そもそもなぜ買い手の力が強いのでしょうか。その答えは「現金が持つ力」にあります。

商品は時間が経つと腐ったり劣化して価値が下がって売れなくなります。これは「価値の保存性が低い」と言い換えることができます。

しかしお金の場合、腐らないので「価値の保存性が高い」と言えます。これがお金と商品の決定的な違いです。

また、価値が下がらなくても「流動性が低い」商品は処分が大変です。

鉄10tの塊に価値があったとしても…

例えばあなたが親から引き継いだ鉄工所に鉄10tの塊があったとして、それを売る場合を考えてみます。

まずあなたは鉄の売り先を探したり、鉄の相場を調べなければなりません。

それらを調べて業者との交渉が進んだとして、鉄を引き取ってもらうには積載するためのクレーン車や運搬用のトラックが必要になります。

それらの手配は業者に依頼しますが、その費用が妥当かどうかも検証する必要があります。

このように交渉が成立するまでに、あなたは多大な時間とエネルギーを消費します。

鉄10tの塊に価値があったとしても、物が物だけにサクッと現金化できないのです。これが「流動性の低さ」です。

「常識」を切り捨て、「本質」を見抜く!

このように『商品』は「価値の保存性が低く流動性も低い」ので、お金の方が強いのです。そのため、お金を払う側=買い手が強くなるのです。

この本質を理解していると、普段の交渉や取引きが違ってきます。

たとえあなたが弱い立場=売り手だったとしても、この本質を理解していれば、むやみに「お客様は神様です」などと歪んだ自己犠牲的精神で自分や商品を安売りすることがなくなるはずです。

感動のサービスはどこから生まれるか?

ホテルやテーマパークでは「感動のサービス」で成功している企業があります。
しかしそれらの企業は歪んだ自己犠牲的精神を従業員に強いているわけではありません。

むしろ従業員の満足度を向上させることで、ひとりひとりが活き活きと働けるようになり、結果として「感動のサービス」を提供することに成功しているのです。

まとめると…、

  • 本来、取引とは対等な行いであるが、価値保存性と流動性の問題でお金を支払う側=買い手が強くなるが、これは一般的な傾向である。
  • 買い手が強いのは以上の理由からである。だから盲信的に「お客様は神様です」「お客様だから(こちらの犠牲はしかたがない)」という世間の雰囲気に流されないように心がけることが大切である。
  • 感動のサービスは歪んだ自己犠牲的精神からは決して生まれない。

…となります。

また、取引とは相手の言いなりになることではなく、どんな時でも交渉の余地を見つけ、こちらに有利になるように努めることである、とも言えます。

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